2010年7月31日土曜日

恥を知れ、TOYOTA!(笑)

何ですかねこれは?

ブログの中でも何度も取り上げた話題ですが、余りにもこっちの推測通り事が露見していくことに何というか脱力感を覚える感じです。
あの魔女裁判で十字軍の如く己の正当性を主張したNHTSAとおばさんの証人、、、。絵図面のチープさにこけそうですね。あの時おばさんが自信満々で放った一言「恥を知れ、TOYOTA!」は有名になりましたが、結局はブーメランが戻ってくるのに少し時間がかかっただけですね。

米でトヨタに有利な情報非公表 運輸省元幹部が証言

【ニューヨーク共同】トヨタ自動車の急加速問題で、米運輸省がドライバーの運転ミスが原因とみられるとするトヨタに有利な情報の公開を意図的に避けていたと、米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)が30日、伝えた。同省傘下の道路交通安全局(NHTSA)を7月に退職した元幹部が実名で証言した。
元幹部は、トヨタ批判を強める米議会などから、トヨタとの関係を邪推されないように、ラフード運輸長官周辺が情報の公表を控えていたと主張。運輸当局の判断について、中立性が問題となりそうだ。
NHTSAが急加速を起こしたとされる車両を調べたところ、すべてのケースでアクセルとブレーキを踏み間違えるといったドライバー側のミスを疑わせる結果が判明。報告をまとめたが現在まで公表されておらず、元幹部が問い合わせたところ、ラフード長官周辺があえて公表を遅らせていたことが分かったという。取材に対し、ラフード長官の広報担当者は現在も調査中とした。

天網恢恢疎にして漏らさず

2010年7月30日金曜日

病院三日目

今日は朝起きたらカラリと晴れて蒸し暑かった一日でした。
朝からの仕事はまずIVH三連発。それが終わってトラカール刺入から胸腔ドレン。たとえ昔やっていたことでも、先ずは素直にリハビリということで、先輩医師の作業を見守ることから始めなければなりません。患者さんに迷惑はかけられませんので、、、。じっくり見学させてもらっていくうちに、あっという間に昔やっていた一連の動作が鮮やかに脳裏に蘇ってきました。なかなかいい感じです。
終了後は病棟回診と新患さんのカルテ書き。大きな病院だけあって新患さんも実に沢山います。夜は当直。今のところ緊急処置事項も無く、静かな夜が過ぎようとしています。こうやって普段はアメリカに居て基礎研究ばかりしている日常から離れて病棟での仕事をしてみると、改めて自分が患者さんの治療を目指して仕事をしているという「本来の」研究の意義がもう一度自分に再確認を迫るように湧きあがってくるのを感じました。アメリカでは病院に行くのはどちらかというと患者としてもしくは子の親として医師との対話に向かう事が多いので、こういう感覚は久しぶりにEXPOSUREという意味で貴重なものかと思います。明日に疲れを残すといけないのでそろそろ寝ましょうかね。

2010年7月29日木曜日

病院二日目

今日は夜半からずっと大雨だったが、朝になっても昼になっても雨模様であることには変わりなし。
名古屋だけでなく、大阪から中部、そして日本海側にかけてを大きく覆う感じで雨雲がカバーしていたとテレビで言っていた。
久しぶりの病院勤務はまずはリハビリということでIVH、胃カメラ 、胃婁のケアなどを見学。
以前とは少しだけ老人のケアに関する私の持っていた常識とは変わっているようで(私の知っているアメリカの常識ともまた違うのですが)、成程ねということが多かった。まあ、数日かけてこの感じで記憶を呼び戻すことになるかと思います。
病院の実験設備の方も見せていただいたのですが、端的に言って「素晴らしい」の一言でした。ここで仕事をされている先生が科学のことを分かっているだけあって、実にコンパクトでそれでいて贅沢な設備投資が行われている様子を見せていただきました。これは参考になりました。私もアメリカに帰国したら少しセットアップに手を加えねばならない点があるなと感じました。
先ほど食べた夕食は近所の回転寿司!日本にいる間は日本ならではのものを満喫です。

2010年7月28日水曜日

名古屋到着

長崎を10時に発ち、カモメとのぞみを乗り継いで名古屋へ。久しぶりの名古屋は相変わらずの混雑ぶりで懐かしい。先輩と病院の運転手さんの迎えの車に来てもらって病院へ移動し、早速、近所の中華料理を味わった。気温も高く感じず長崎に比べれば非常に快適至極な状態です。明日から早速仕事に入るがどうなることやら。

2010年7月27日火曜日

長崎の卓袱はおいしかった

今日は長崎の最終日。
昔、家庭教師で長男君を教えて以来既に25年の付き合いになるご家庭に御呼ばれして長崎市内にある素晴らしい日本料理のお店に出向いていった。
超久しぶりの卓袱料理を味わうこととなった。やはり美味しい。何よりも話が盛り上がりその美味しさに更に磨きがかかる感じがした。こういうのはやはり日本ならでは!間違いない一つの日本の匠の技でした。
夜も7時過ぎには嫁さんの妹達も東京から帰ってきて賑やかなしゃぶしゃぶ。何より美食三昧の日本滞在です。
明日からは名古屋。どんな生活になりますやら、、、。まあ、仕事の毎日ですが。

久しぶりのネット環境

田舎の破壊力は凄まじい。(笑)
ネット環境が全く無くてこの四日間宮崎と長崎でメールも読めず。。。
マックにでも行けば良いのだろうが、それもせずひたすら親戚の間を巡ってこの一年に無くなったおじさんの墓参りや焼香その他の行事をこなす。無沙汰をこの短期実二番記しなければならないのでネットと関係なく忙しくはあるのだ。ひさしぶりに弟や両親とも会い。ここ十数年会っていなかった親戚とも再会する。姪っ子や甥っ子の中には生まれて初めて会うなどという子もたくさんおり、そういう子供たちにはお小遣いを配っておく。(笑)やはり十年一昔とはよく言ったもので、昔は同じ子供同士の付き合いだけだったいとこ達も、もう大学生高校生を持つ立派なお父さんお母さんである。
明日は長崎最後の日であるが、今日のうちに全ての行事をやり終えて名古屋に移動しなければならないので結構忙しい。(今は長崎時間で朝八時過ぎです。)次の名古屋では常時接続の環境が手に入るのではないかと期待している。ではまた次の記録記入まで。

2010年7月22日木曜日

出発

では今日はただいまから帰国の途につきます、田舎で何食べるかそれだけが愉しみです。
それにしても日本暑そう、、、。

pdfファイルのiPadへのファイル転送

あしたから日本へ一時帰国するための準備は一応整った。
機内で過ごすためのiPadの準備もほぼ終了したのだが、pdfをiPadへ転送するための手順がマダマダきちんと出来ていない。私の場合はDropboxというサーバから直接自分のiPadへ転送するためにGoodReaderというソフトをアップルストアから0.99ドルで購入して使用しているのだが、まだまだ問題がちょこちょこあって上手くいかないことが多いのです。
まあ、このへんの改良は数週間単位で進んでいくので、暫くは待ちかなと思っています。
それにしても昨日メール送ったスタンフォードのコーエン博士は返事が早い早い、、、。あっという間にプラスミドの送付を了承してくださいました。サブ・ノーベル賞クラスの業績と受賞歴をもつ先生とのメールのやり取り、、、やはり少し緊張しました。(笑)仕事の出来る人は何でもサッサと済ませてしまいますね。見習わなければ。

2010年7月21日水曜日

一時帰国の準備

実は明後日から日本に一時帰国することになっている為、色々と揃えた親戚に配るおみやげを詰め込む作業が進行している。(と言っても嫁さんが仕分けしてくれているのだが、、、。)
今回は昨年に引き続き、三週間ほどの帰国で、そのうちの二日ずつを、自分の実家と嫁さんの実家への訪問でつぶし、残りは何時もお世話になっている共同研究者でもある日本の先輩医師の病院で、住み込みで実験と論文の仕上げ作業をさせてもらうことになっている。
日本はこちら同様に暑いようだが、何だか雨も局地的には酷い災害をもたらしているようで、被害に遭われた方々には何の罪もないのに気の毒である。21世紀であっても自然災害の前では人間の力が及ばないことは本当にいつでも起こり得る事を忘れてはいけないということだと思う。人事ではないのだ。
日本ではネット環境というのが手に入るかどうか非常に心許ない。以前東京のビジネスホテルに泊まった時は、ホテルにはネットがなかったのに、幾らでも漏れているフリーWIFIがあったので、メールの送受信用にそれに只乗りさせてもらったが、、、。多分近くのマクドナルドのものだったんだと思う。(良い子の皆さんは真似をしないでね。)
まあ、ネットへの接続は若い従兄弟の家へ行けばなんとかなるかもしれないな位に気楽に考えてます。

2010年7月19日月曜日

(親にとっての)教育の義務

子供の頃は親の言うことに憤りを感じ、反発をする時期が当然のようにある。私もそうだったし、私の娘たちも両親の言うこと、特に私からの(子供にとっての)理不尽な発言に、時々うんざりした顔をしている(ようです)。(笑)
しかしだからといって、それに対する子供の側からの素晴らしい解決策が多くの場合あるわけでもなく、殆どは他の親から見ても「ご尤も」ということになるのですが。子供の楽なところは反発をするけれど、ではその問題を解決する現実的な対処法はどこにあるのか、と尋ねられた時に答えがないことが普通で、それを考える過程自体が大人になるということだと思います。(ちなみに我が家では子供たちに勉強のことで何かいうことは先ず無いです。殆どの場合は挨拶の声が小さい時に雷を落とれることが、彼女たちの怒られる主因です。)
これは子供だからまだいいのですが、、、小さな頃から上辺だけの屁理屈で「反対」することに慣らされ、その後どうするべきかを考えなかった子供が大人になるとどうなるかというと、今のK何とかという日本国総理大臣みたいなことになるんじゃないでしょうかね。
前にも何回か書きましたが、リーダーになるということは、グループが取りうる最良の可能性を考えて「その後」のグループの運命についても大局観を持って指針を示し続けることだと思います。それをそっくり子育てに置き換えると、まさに子供の成人に至る過程への全責任を親である自分が全て背負うことで成り立つわけで、言い逃れができるものでもないですし、、、。子どもが犯した過ちは結局、育て方の失敗以外の何者でもないと思います。この点だけは誰が何と言おうとも事実であって、親の信じる指針を示し続け、それになるべく沿わせることがることが生育途上の子供に対する親の責任ではないかと思うのです。
無論それは親によって色々なレベルの差があるわけで、私にできることも実に限られています。が、それでも社会に有為の人物を育てるというのが人の親としての義務だと思うからこそ、子どもが嫌がることでも正しいと思えば怒鳴ってでも押し付ける場面をもつことが大切だと思っています。特に小さいうちは、、、社会の行動規範の中で正しいこと、してはいけないことを理屈でなく強制的に覚えさせないと、その生活する共同体における「良い、悪い」というような行動指針は絶対に子供は覚えてくれないと信じてます。我が家では普段は対話で済ませますが、一線を超えた行動が発生したときには子供たちにはツライ叱責が待っています。おかげ様で悪いことにも染まらず、親から見てもフェアな考えを持った子に育ってくれたなと思うのですが、まだまだ法律上の成人まであと数年。教えることはのこてます。(こちらが教えられることも増えてきました。(笑))

少し話は逸れてしまいますが、しばらく前にアジアンマーケットに行ったときに、隣のミニバンからベトナム人らしい三歳くらいの子がかけ出してきて駐車場で遊びはじめました。お兄ちゃんお姉ちゃんが居たにもかかわらず、その子が外に出ていたので、隣の車に乗っていた私はたまらず飛び出して「この子車に轢かれるよ!」といってミニバンに戻しに行ったところ、たまたまお父さんがミニバンに戻ってきたところだったので状況をを説明したところ、その子供たちは頭を「パコーーーーーーーーーーーン」と見事に叩かれガンガン怒られていました。驚いたことに車内にはもう一人、お婆ちゃんが座っていてこの人も放ったらかしで、外にはい出てきた孫には気づいていなかたようでしたが。まあ、あの親御さんの子ならあの子たちは心配せずともマトモに育つでしょう。

ビールの値段・コーラの値段

今日はWalMartに行ってきたので、ちょっとブログの事を思い出してコーラやビールの値段を載せてみることにした。最初は飲料のコーナーの一角の写真から。
次にはさらに清涼飲料水のコーナーをパチリと。巨大倉庫そのものですね。味も素っ気もないでしょ?(笑)誰もおしゃれ感覚などWalには求めてないのでこれで良いのです。
異様にいろいろな種類で出てるドクターペッパーがアメリカらしいところですかね。(笑)

これはガロン単位で売ってる清涼飲料水なんですがその安さたるや、、、。これでも元が取れる飲料水の原価とは一体いくらなのか、、、。御覧ください。一ガロン(3.8L)で86円。日本ではちょっと有り得ないのでは?最近のことは知らないのでなんとも言えませんが。
これは上からBUDやMiller、クアーズなんかが二十本で13.97ドルとなっていることを示したものです。まあ20本で1200円ということですから一本60円ですね。下の普通のBUDは24本で14.97ですから一本はさらに安く、一本54円ですか?まあほぼ同じ値段ですね。これらの値段少しは変動ありますが、これらのユニットサイズではこれより安くてもほぼ一ドルくらい、高くても二、三ドルですか。
以前日本に一時帰国したときに缶ビールを買おうとして冗談抜きで体がすくみ買うのをやめてしまいました。(笑)

日本人は金持ちです。

2010年7月18日日曜日

韓国には面白い人がいる、、、

そしてそれを記事にする面白いアサヒシンブン。

【売る】「秀吉の日本刀」 重い過去、50億円? 延吉(中国)延吉は、朝鮮半島の付け根の辺りにある中国東北部の街だ。中朝国境を流れる豆満江まで車で一時間もかからない。日本と朝鮮半島、中国との歴史が重なる地域である。知人の紹介で、この地で中国人女性と結婚して暮らす韓国人の金光植さん(53)と知り合った。私が日本人だと言うと喜び、黒光りする細長い刀を見せてくれた。「日本の刀です。妻の実家に伝わる家宝。ここを見てください」日本の植民地時代のものかと思ったが、柄の部分に「豊臣秀吉」、「加藤清正」との漢字が見えた。金さんによると、16世紀、秀吉の朝鮮出兵の際、清正に送られたものが朝鮮半島で人づてに伝わったに違いない、という。「日本の方にぜひとも買ってもらいたい。『朝鮮侵略』という日本の過去を示すものです。失敗したとはいえ、自らの悪い歴史の証拠を早く回収した方がいい「秀吉の朝鮮侵略」は大昔の歴史だが、侵略を受けた側の朝鮮民族にとっては今も忘れられない重い過去なのだろう。日本人もみな、強い関心があると思っているようだった。刀が本物かどうか確かめようがない。金さんも以前はソウルで記者だったというが、今の仕事はよく分からない。ただ、勢いに押され、「いくらですか」と尋ねた。「4億元(約50億円)」驚く私に対し、金さんは笑みを浮かべた。でも、その目は笑っていないように見えた。(古谷浩一

いや、どこから突っ込んでいいのか、、、。ゴルフボールのディンプルのように、プラネタリウムに輝く満点の星のように全方向に突っ込みどころがあって。(笑)アサヒシンブンってのはコミック新聞だったんですかね。元ソースはここです。

2010年7月16日金曜日

激暑

今日はやっぱり暑かった。
最近は朝外に出た瞬間に今日一日が暑い日であることを感じ取ることができる。
今日も正しくそんな日で、湿度は80%前後。気温は90℃前後で、体感温度は容易に100℃越え。
やっぱこれはお年寄りにはマズイ暑さだなと心底思います。ホームレスも若い人はいいのかもしれんけど、年をとると暑さ寒さともに堪えると思います。やっぱ夏もシェルター有るんだろうと思いたいのですが、どうなんでしょうか。
そんな暑さの中、今日はサンガーセンターまで汗をかきかき大量に届いたプラスチックウェアをエッチラオッチラ4往復も運びました、、、。午前中だけでATP使い切った感じでした。
夕方からは何時ものごとくサンダーストーム。直後に急激に温度が下がったのは体感でわかるのですが、それでも未だ暑かったですね。

ブログ市長・竹原信一

最近、竹原市長がマスコミに取り上げられる頻度というのは上がってきてるような気がする。
暫くはマスコミから変わりダネ市長として取り上げられ盛り上がった後はフォローする人以外は余り見ていなかったようだが、最近は新たに県レベルとの戦いが入ってきたことで、その戦いが再び盛り上がってきた感がある。
この竹原さんという人の戦い方は非常に不器用で、スマートさ等とは一切無縁。(笑)自分の根城たる市役所内に多くの敵を作りつつ、「正しいことは正しい」とブルドーザーのように専権でいろいろなことを進めていくのだ。まるで映画のようなのだが、これは現実に阿久根市で進んでいる出来事でして、今日、今現在も進行中の話というところがスリリングなのです。ブログの劈頭にも書きてあるように

明日は死ぬつもりで、今できる事をひとつだけ

というモットーのもとに文字通り命捨ててやってますね。(命懸けではないです。既に捨ててます。)やっぱ自衛隊で鍛えたのが効いてるのかな、、、。もうノウノウとして努力もせず、年功序列で馴れ合いに慣れた阿久根の(そして全国の)市役所職員にとっては本当に、心の底から勘弁してくれ!!という存在なのだろうが、マスゴミはこれを常に自治労サイドの視点で記事にしますから当然のごとく真実は伝わりません。特にウェブやネット経由でのデータを見ない人達にとっては、気の狂った独裁者位にしか見えてないのではないかと思いますが、豈図らんや!地元の住民にとっては極めて評判の良い市長だと言うことが、ここを訪れたある野次馬根性旺盛な人物のブログに載ってました。まあ地方国家公務員の仕事のショウモナサというのはご本人達が一番良く知ってるはずなんですが、さすがに自分の口からは言いませんよね。(笑)言うと言っただけ全て竹原さんの援護射撃用の基礎資料になってしまうので。
まあ、自治労や組合的にはこの人を組織一丸となって潰しにかかっているのは間違いないでしょう。もう一つ心配なのは、地元の土建屋絡みの利権屋なんかが、ヤーさん使って何かしてくるんではないかと言う点。人事ながら滅茶苦茶心配してます。この点は全く笑い事ではないです。
誰も出来なかった改革を成し遂げるのには幾つか方法があるのでしょうが、この人の場合はなんだか駆け引きなしの西郷隆盛のような人物なんではないかという感じがしますね。
気違いと言われようが構わず旧弊を打破する人はこれくらいの人でないと無理でしょう。大阪の橋本さんのように上手く立ちまわる人でないことは明らかなので(笑)、なんとか命だけは守り通して改革を進めて欲しいです。特に田舎のショウモナイ議員は日当制で問題ないことを全国に周知する発火点となって欲しいものです。

頑張れ!

2010年7月15日木曜日

実験と統計の話

実験をして、常にデータの処理とその解釈に追われることになるのが我々の日常で、その解釈は常にある一定の材料と条件のもとで同じことを繰り返し行なってみて、何度やっても同様の傾向が確かめられることをもってそのデータを「どうやら確からしい」と受け入れることから始まる。
過去の論文で提唱されている実験結果の中に存在しているどうも納得できない部分というのは実は無数に存在していて、論文のディスカッションの中でも明らかにそこの部分の討論に対してフォーカスを合わせることをわざと避けたようなものはいくらでもそのあたりの論文に見つけることが出来ます。
そのような曖昧な記述の中に実は次の発見が隠れていることがほとんどで、そのような部分に何らかの納得のいく整合性を求めて仮説に基づいた実験を繰り返していくことになります。(実際には曖昧にした部分には実験者自身が次の発見を隠して見せていないこともよく有ります。)ですから、繰り返した実験によってデータをきちんと処理していくことが大変大切なわけですが、世の中を時々騒がせるデータの捏造論文というのは、こういった地道な作業とは流れを異にしており
  • データを自分の仮説に都合よく解釈したり(それは絶対に無いでしょうという空想科学小説レベルのものから、ちょっとその解釈は強引すぎませんかという要討論レベルのものまで幅はありますが。)
  • データ自体を有りもしないのに画像や数値で捏造したり(これは再現性がなくて直ぐにアウトになるものなのに、世界中で毎月のようにマスコミを賑わせてますよね。有名無名の論文を問わず!
  • アウトプットは正しく測定していても、それを産み出す為の条件を極端に恣意的に曲げたり(よく見ます。)
等という感じのモノが多いようですが、どれもこれも科学者の倫理が崩壊するときに起きるものです。(まあ、知性の欠如でそうなっているのは論外ですが、、、。)
自分自身が陥る落とし穴というのは実験の上でここぞというときにいくらでも待ち構えていて、我々自身がどんなに明確な倫理を持ちあわせて実験を行っていても、歴史が何度も繰り返し明確に証明しているように、間違った解釈というのはいつでもどこででも発生するわけです。
特に例外的な観察事象を無視、もしくは見逃したところに、重大な隠された真実が存在していることがあることは普通です。また、我々は現時点では解釈できずにさらなる実験をまたなければいけないということで、討論部分を用いて、判っている事実から仮説を組み立て、いろいろと(言い訳を(笑))書き連ねて次の実験に持ち越さねばならないことも多くなります。
しかしそれは上記のような捏造とは明確に異なり、次の発見へのステップとなるわけで、まあ捏造とは違います。予算獲得のプレッシャーや、名声への渇望でデータ捏造をする極一部の人が存在することは確かですが、そんなことはしない人が大部分だということを私は信じたいです。まあ、長くなりましたが、統計というのは提示されたデータの嘘を見抜く大事な道具だということを実験のお話を通して言いたかっただけなんです。ちょっと話飛びすぎ&長すぎました。(笑)

統計局のウェブページの中に何とも分かりやすいお子様向けの統計解釈におけるピットフォールを説明したものがあった。難しい話は端折ってあるが、統計を勉強したことのない人にもよく解るようなかなりの出来栄えではないかと思っている。この本当に簡単なページに散りばめられたコンテンツをザッと理解するだけでも日本国民の統計というものに対する理解の質というのは相当に底上げ出来るのではないかと思うのです。

2010年7月14日水曜日

トヨタのリコール問題

トヨタのリコール問題に関してWSJが「急加速問題は運転ミスの可能性高し」との報道を行っている。
 同省は「ブレーキを踏んだが加速した」と運転手が訴えた車から数十台を選び、車載の記録装置を解析。その結果、いずれも事故時にブレーキは作動していなかった。一方で、アクセルを調節する電子制御スロットルは全開だったため、同紙は、運転手がブレーキを踏もうとして過ってアクセルを踏み込んだ可能性が示された、と指摘した。
改めて言うまでもないが、別にトヨタの肩を持つでもないことだが、この手の報道はそれが真実であるか否かは全く関係なく、常にセンセーショナリズムという常套手段のもとに行われるものであってそれに類したことはつい最近我々の大学でも起きた。Richmond Times Dispatchというのがこのあたりでは代表的な地方紙なのだが、この前あった治療後の小児歯科の患者さんに起きた麻酔後の死亡事故に関して当事者のうち児童側の遺族の証言のみから構成されたドラマティックな話が新聞に載った。担当の部署の内部の話を直接聞き知ったが、新聞に書かれている「お話」の扇動振りの凄いこと、、、通例の如しです。マッチポンプとはまさにこれ。
マスコミにおいては「私が記事を書いてスクープしました!!!」という手柄主義がまず先にあるのであり、真実を皆さんに知っていただき、社会の公正のために云々などというのは後から付けた理由であることは皆さんのご推測のとおりでしょう。
私の場合、書いてある記事をまずは信ぜざること鉄板の如し、とでもなりますか。(笑)

2010年7月12日月曜日

選挙結果について

昨日に続いて選挙結果のことを思うのだが、やっぱり今の団塊の世代から上というのは信じられないほどの情報弱者が多いのではないかなと思うことが多い。団塊の世代は我々の親たちの一回り下の世代で、この人達は中絶手術の「経済的理由」というどうにでも言い訳できる理由によって人口の増加が抑えられるまでの間に増え続けた戦後の爆発的人口増加世代にあたる。本当にこの世代の人達は右肩上がりの日本の成長の恩恵を受けた世代ですよね。時々、この人達勘違いして大声で我々の世代が日本を支えたようなことを言ってますが。単に消費の中心にいただけで、どっぷりテレビ番組の情報操作に洗脳された初の世代。日本の戦後史において日本を左翼思想で染めようとした手先に見事に操られた世代でもありました。青春時代の最後には見事に左翼運動から尻尾を巻いて逃げ出し、大学を出た後、翌年から素知らぬ顔で会社に就職していった偽左翼たちの惨めで醜い団塊世代。権利は主張、義務は果たさず。自分たちにだけ都合の良いとんでもない社会保障制度を後の世代にごっそり残しておいて、自分達が朽ち果てていく頃には、彼らが学生時代に夢にまで見た、それはそれは素晴らしい貧乏の均等配分を達成した理想の共産主義国家が誕生することでしょう。(笑)(共産主義国家の例に漏れず一部の支配層に支配された。)なんか昔居た教授で造反有理とか文革の標語を呟いてた謎のおじさんも居ましたが。wまあ、こんな人達が民主党を支える中核なんでしょう。理屈やデータではなく全体に流れる雰囲気が全て、、、。データが目の前にあっても正しく判断できない。寂しいもんです。ポピュリズムというのはどういうものなのか見せてくれる素敵な人達が日本を食い潰していきます。しかしもしかしたら解っていても自分たちが割を食わなければあとは野となれとなってるのかな。
今度の選挙でも消費税が云々と言ってはいますが、結局そんなもんは働きもしないグウタラや、保険料の払込もろくにせずに払い込んだ額以上の受け取りを続ける高齢者、そして特例のもとに保護される一部の外国人を支え続ける高福祉国家を続けるためには到底10%でも足りないと思うのですが、これに反対ってどういう事でしょうかね。金がなけれ出るを絞るか入るを増やし、贅沢をしないというのが大原則だと思うんですが、民主党も自民党も旧態依然の既得権益に切り込めない限りは何も変わらず国家の破綻を座して待つのみでしょう。
想像力の欠如した国家の最後がどうなるのかは欧州の一部をみて他山の石とすべきなのですが、結局は国民の質そのものが犬の糞レベルの政治家を生み出しているのですからだれも文句は言えませんよね。今回の選挙で少しは破綻へのカウントダウンの速度が落ちればいいのですが、、、。
時が過ぎゆきいかなる結果が日本を待っているのか、イギリスのブックメーカーに聞いてみたいな。(笑)

在外投票と参議院選挙

日本で参議院選挙の結果が出揃って民主党大敗という結果が出されたが、まだ大敗とはとても思えない。もっと差がついても良かったと思っているが、実際のところ一部の自民党国会議員も認めるように、「あの利権まみれの」自民党には入れたくないが、民主党を単独与党にしておくとヤバイという事実に「遅れて」気づいた層の逆襲にあったというのが解釈の落とし所という感じかもしれない。
特筆すべき点は幾つかあると思うが、メモという感じでまあ強いて挙げていくと、、、。

・国民新党ゼロ(笑)
・シンガンス大好きな過激派弁護士千葉景子落選
・公明、改革、社民、共産の全てで議席減
・野党側はみんなの党みたいな今回の躍進組が与党協力は無しと言い切っている
・岡部まりとかいう人、落選
・柔道おばちゃん当選
・逆立ちの池谷、お馴染みの「50冊は読みました!」大蔵、落語家、ハイサイおじさん軒並み落選
・あの三原じゅん子当選

在外選挙権は持ってますが、何と郵便投票で間に合う仕組みなし。おまけに一票を投じるためにワシントンDCまで車で往復5時間しないといけない我々。選挙から疎外(阻害)されてますよ全く。(笑)もう勘弁して下され。

2010年7月11日日曜日

美味しい日本のご馳走

今日は夕方六時前に近所の日本人のご家族の方に呼ばれて夕御飯をご馳走になった。
文字通りのご馳走で、ここリッチモンド界隈ではまず目にすることのない刺身類をいただいた。本当に美味しくて、奥様の地元の広島のお酒も同時にご馳走になりホロ酔い気分となった。ゆっくりとお話をしながらのお寿司とお刺身とお酒でいつの間にかお腹がパンパンになるほど食べてしまい、背もたれに伸びをしてくつろぐ。
子供たちはというと、早々に御飯を食べ終えて隣のリビングでマリオカートをしていた。当然のごとくお邪魔したおうちの息子さんがいつもトップで、うちの娘達は下から一番二番というのが多かったようだが。(笑)昔のマリオカートと比べるとギミックがたくさん増えたこと、圧倒的に美しい画面が描かれていることのこの二つが非常に印象的だった。
九時少し前にお暇したが、非常に美味しい夕御飯で感謝感謝の数時間であった。

2010年7月10日土曜日

脱帽

凄いです、本当に。大声で言いたい。「凄い!!」

もうなんて言うかこんなに独創的な計画を日本の力で次々に成し遂げていくなんて、正直嬉しくて堪らんです。JAXA今度は金星狙いですね。ハヤブサの大成功のニュースも覚めやらぬこの私ですが、アカツキが二月ほど前に打ち上げられて順調にそのミッションをこなしていることも、技術ニュースなどが折りに触れ流れてくることで知っていましたが、、、遂にあのイカロスの加速が確認されたというニュースまで入ってきました。これがどんなに素晴らしいことか日本のニュースはきちんと「大々的に」流してくれているんでしょうね!!(怒)
前回書いたように、BBCの科学解説者が大興奮してハヤブサの帰還を我が事のように報告したのに日本のマスコミがそれをリアルに大々的な中継もしなかった事を考えると、また今回の科学的偉業達成もほんの三行程度で報じられるのではないかと危惧してます。こんなニュースを解説付きで詳しく伝えることこそ次の世代、そしてその次の世代の科学者を育てる大事な「事業」だと思うんですが、あの馬鹿共が行った事業仕分けでその芽を潰し、かつ人から金を掻き集める売国公共放送はそれを大々的にリアルタイムで伝えず集中的な特集さえしないというのだから何をかいわんやです。全く。何度でも言います。一番を目指さないような奴は二番も三番も無理!
私にとってのスターはステージ上のロックスターでは無く、まさしくこうやって制御室や設計図面の上で黙々と議論を戦わせている人達です。カッコいいよホント。こんな人達が自分の親父だったら俺、間違いなく天文学者かロケット技術者になってたな。
ああ、俺も癌研究でもっともっと確かな成果を出して患者さんを助けたいな、、、。難しいけど。

JAXAの方にHATS OFF(敬礼)!!


2010年7月9日金曜日

ここはハワイですか?

暑い!熱い!アツイ!

何だかここんとこずっと物凄く外が暑いのです。木陰に逃げこんでも駄目。何故ならば空気自体がムワッと暖まっていてどこにいようと関係ないのです。ラジオを聴いていると盛んに米国北東部での異常熱波のことを伝えているのですが、これなら熱中症で無くなる人続出だなと危惧せざるを得ない感じの暑さです。なんかこの暑さとムシムシ感はハワイみたいだよなと他の人と冗談言い合ってたら、何のことはないハワイの最近の気温上限は一貫して華氏85度前後です。要するにハワイみたいな暖かいイメージがあるところよりも15度も気温が高いのでした。(笑)近所の芝生は軒並み枯れてるし、(うちのは手間暇かかってない分、庭の芝生は雑草が主成分なので、逆に暑さに強く比較的未だ緑が強いという笑ってしまうような現実。)
ラジオは更にペットなんかも絶対に日中は外に出さないようにと何度も警告を繰り返してました。ああ、これが前に此処に書いたようにまた給水制限なんかに繋がらなければ良いのですが、、、。
出産後に汗かきになった嫁さんにはこの暑さは腋から出てくる汗染みとして認識されるはず!ご愁傷さまです。(笑)

まあとにかくサンダーストーム早く来い!

2010年7月8日木曜日

最近問題になっているアリゾナ新移民法

NPRを聞いていたら、アリゾナでの新移民法が連邦の移民法に違反するものとして提訴されたとのこと。この国の移民の歴史とその流れに関しては駐日本アメリカ大使館のウェブサイトでアメリカの移民の歴史についての秀逸なまとめ記事があるのでここにそのリンクをはる。それにしてもこの国は移民の度重なる大波に洗われ続けることによって成り立ってきた国だ。インディアンを蹴散らしたイギリス・ヨーロッパ系の移民に始まり、19世紀初頭のカトリック系移民排斥のうねりとそれに続く19世紀後半のイタリア系・ユダヤ系排斥の運動。そして中国人の排斥とアジア系の排斥。そしてそれが今はヒスパニック系の排斥に置き換わってきている。国の成り立ちからして移民無くしては成田たたなかった国家なのだが、そこには先住者としての利権を保持しようとする者とと後からやってきた(一般的には)貧しい移民達とのせめぎ合いの歴史でもある。そこには常に移民が社会不安を煽るという思想あり、犯罪者を産み出すという考えがあるのも間違いない。実際、食いっぱぐれ者の中には、まず食うものを手に入れるために手っ取り早く犯罪に走る連中もいるのは多分どこでも同じことなのだろう。面白いのは、どの世代であっても、例え以前は非情の扱いを持って排斥された過去を持つ移民集団の子孫であっても、今こうやって現在の安定を得た人間の多くはそれをケロリと忘れて移民排斥に是というのである。ここで大事なのは非合法の移民を合法の移民と分けて叩き出そうという考え方なのだが、これが実務上は相当の無理を孕んでいる点だろう。アリゾナでもlaw enforcement(まあ、通常は警官がメジャーだと思いますが)がそれらしき人を捕まえて任意にその出自と背景を問い詰めることが出来るという点にあるのだと思います。まあ、この国は何度も揺り戻しを経験しては進んでいく国ですので今回も形を変えた愚行の一形態なのでしょうが、、、。まあアリゾナなんかは確かにメキシコと国境を接しているためその手の問題は日常のものなのでしょうが、メキシコ人の友達に言わせればアリゾナもニューメキシコもあめちゃんがメキシコの内政不安につけ込んで泥棒していった土地だということになり、正義の見方(味方)が180度入れ替わってしまうのでした。(笑)非合法の極みはどっちよ?と歴史を紐解けば、、、。何だか日本にいて何世代にも亘って国籍を変えずに選挙権だけ要求する変な人達とはまた毛色が違いますが。
話は変わりますが、今回ちょっと見つけた記事にこんなのがありました。アメリカは移民を受け入れ続ける限り進化するでしょうね。

2010年7月7日水曜日

遂に中国人のラボテクと学生もアップル!?

何と今朝驚いた事に今まで一生PCで鉄板だと思っていた中国人のラボ・テクニシャンの女性と外から研究に来ている中国人の学生さんがマックブック・プロにソフトをインストールしているのを発見。中国人や韓国人はたとえ研究環境下にあっても一般的にはPCで何でもやるという私の先入観が強いためか、こういう光景を見るとは思ってもみなかった。一昨年から勘定してみるだけで、何人が変えただろう。思い出せるだけでも7人もの人間がPCから乗り換えている。前にも書いたが授業中もここ数年のPCの減少率の激しさはかなりのものでその分のマックの占有率上昇はこれまた逆の意味で激しく上昇している。何だかウィンドウズマシンも7に切り替わってから売れているとは言うけれど、それって法人需要なんですかね。なんか個人レベルでは周囲にアップル製品の購入者ばかり増えてるような気がするのですが。公表されているPC全体のシェアという意味ではほぼ変わらず7-8%という感じなんですが、こういう記事もあってもう少しアップルの市場占有率について出荷台数と利益の観点から記事になっているものもありますね。さあ、これから十年どう変わるのか競馬を見てるみたいで愉しみです。

2010年7月5日月曜日

代休の噂

今日は昨日の独立記念日が日曜だったということもありもしかして代休かなと思っていたのだが実験がたてこんでいる為、休みなどと入っておられずラボへ。案の定道中はガラガラで、瞬間的に「ああ世間は休みなんだ」とわかったが、細胞周期の実験とレンチバイラスベクターの作成を急がねばならない身にとっては関係ない。とにかくラボへ直行。去年与えた課題であるケモカインの論文の仕上げの実験をしている自分のラボの女の子がいてちょっと指導者的には嬉しかった。独立して「すべき仕事を自分の考えでしてくれる」若い人間がアメリカ人の中にも当然のように居ることを再確認。比較的早く仕事が終了したので、大腸菌の培養をセットアップした後三時頃に家へ戻った。かねてより約束していた下の娘の卒業祝いを買いにターゲットへ行きインラインスケートをプロテクター込みで購入した。(何故かフラフープも一個買ったようだが、、、。)家に帰ってきておずおずと練習していたが、暫くしたら少なくとも独り立ちはしていたのでまた自転車と一緒で一人で楽しむ程度には乗れるようになることだろう。

独立記念日

今日は独立記念日だったが特に我が家は何をするわけでもなかった。
昨日のうちにこのあたりでは既に花火の打ち上げをやってしまっていた為に今日は無しで静かな一日。下の娘がNCの海岸端の家から帰ってきたので家の中がウルサイウルサイ。コーヒー豆のようにこんがり焼けて帰ってきた。ナカナカ健康的で、若さ溢れてよろしい感じでした。いろいろな経験を積んだみたいでまた一回り大きくなってくれたことと思います。お世話をしてくれた家族にはサンキュー・カードと25ドルずつのギフトカードを二枚渡して感謝。本当はもっと高額のものを、、、と言いたいのですが、まあうちはお金は余り無いので気持ちを優先としました。(笑)

2010年7月4日日曜日

バージニア現代美術館・ポー博物館

今日はちょっと思い立って午後から現代美術館(Virginia Fine Art Museum)に嫁さんと息子と共に行った。前からどんな展示物なのか気になっていたのでいたのだが、ちょうどいい時間ができたのでポー博物館と共に見に行くことにした。実はポーは青春とその短い人生の多くをこの南部の都リッチモンドで過ごしており、ここを発ってほぼ5日後くらいに見当識障害のような形で身柄を確保されたボルチモアでの死まで、長くこの都で過ごしていたのだ。
入り口は上の写真のような看板が出ておりそのすぐ隣に下の写真のような家が建っている。
それから中に入ると綺麗に整備された中庭と五棟の違った家々によって囲まれた中庭に出る。
驚くべきは、(と言っても当然なのだが!)多くの作品の初版本や直筆のメモ、ノートがあることだった。世界的に有名な大作家の几帳面そうな細かい字で書き込まれた原稿やノートを見るとなんだかこの家に住んで暮らしていたポーの息遣いが聞こえてきそうな気がしました。このあと、近くにある自分のラボでちょっと実験をしたあと、ティファニーの企画展をやっていたファインアートミュージアムに行って(もちろん無料)の多くの作品を見てきました。やっぱり改装されたあとだけあって(未だに中庭などは改装が進行中ですが)非常に美しい建物の中にいろいろな素晴らしい展示物が豪華に展示されていました。(スミソニアンにはちょっと敵いませんが、規模や予算が違いすぎるのでそれはなしということで)
また次の企画があったら行ってみたいと思ったのでした。帰りにはメキシコ料理を食べて腹が膨れすぎました。メキシコ人が太ってる理由を毎度のごとく再確認させられます。(笑)